Purple Madder

ライトノベル系小説家志望(ワナビ)の進捗日誌

掌編「殺してやる」

ものは試しに、このブログで自作小説を公開してみます。
元々はもう5年以上も前にただ書き殴ったものというシロモノですが……。

原稿用紙10枚、3,161字の掌編です。

それでは、以下からどうぞ。
お気に召しましたら幸いです。


「殺してやる」

 殺してやる殺してやる殺してやる。ボクは全身全霊で誓った。それはもう神かけてこの命に代えてもってぐらいに。
 ともかく、ボクはあらん限りの念を込めて誓ったんだ。アイツをなにがなんでも絶対殺してやるって。

 話の発端は一週間前にさかのぼる。その日も腹が立つぐらい素晴らしく晴れた日だった。ボクはいつものごとく、学校へ続く坂を上っていた。こちらに視線を投げてくる周りの生徒たちに、ガンを付けながら黙々と坂を上る。
 来るなよ、今日は来るなよ。ボクは力いっぱい頭の中で唱えながら足を前に運んでいた。が、その日もアイツは来やがった。
「おはよう!」
 明るく爽やかとしか形容のしようのない大きな声。ボクは反射的に拳を振り上げかけたがすんででグッとこらえる。
「今日もいい天気だね! 幹原クン!」
 ブチッ。何かが切れる音を聞きながら、ボクはボクにできる限り獰猛に笑った。
「……ああ、いーい天気だねぇ、桂木……」
「ねっ! 気持ちいいよね!」
 はたしてアイツは、ボクの笑顔の意味にまったく気付かずにうれしそうに笑った。またしても拳を振り上げかけてこらえる。
「今日のプールの授業も、気持ちよさそうだね! 楽しみだなあ」
「……ああ、ボクは今日、サボるから」
 苦虫を百匹ぐらい噛みつぶしながら、笑顔でボクは言い切る。
「えっ、今日も?」
 今日もって、こいつ、ボクがサボった回数を数えてでもいるのか。
「……ああ、今朝から熱っぽくてさー」
 笑顔を保ったまま、ボクは続けて言い切る。任せろ、再検温にそなえて季節外れの使い捨てカイロは装備済みだ。
「えっと、それじゃあ……大丈夫なの? 保健室とか、行く……?」
 オロオロとしだすアイツ。
「ああ、しんどくなってきたら行くよ」
 ほっとけ、と手をヒラヒラ振る。そこへちょうど予鈴の鐘がキンコーンと聞こえてきた。いつものパターンだ。そしてアイツはマジメちゃんゆえに全速力で走り出し、ボクはそのままのんびりと重役出勤ならぬ重役登校をする。――そのはずだったんだが。
「じゃ、じゃあ……ゆっくり行こう……?」
 その日に限って、アイツはボクに合わせたゆっくりペースのまま歩いた。おかげでボクははなはだ調子が狂う。
「おいおら、予鈴なったぞ? 遅刻すんぞ?」
「いいよ。ゆっくり行こう?」
 アイツはいつになくキッパリ言って、ボクたちはそのままゆっくりと坂を上った。カンコーンと本鈴が鳴り響く。
 校門の前に待ちかまえた教師が「またお前か幹原ぁ!」と大口開いて怒鳴った。だがその日はすぐ驚いた顔で口を閉じ、別のことを言い直す。
「どうした桂木?」
 さすがマジメちゃん。遅刻するイコール何かあったと認識されるのか。ボクは妙に感心する。
「幹原クンが体調が悪いと言うので、一緒に来ました」
 アイツはやはりしごくキッパリと言って、そのまま教師の前を通り抜けた。ボクもつられて教師の前を通過し、教師もつられてボクを通過させる。マジメちゃん、おそるべし。
 つつがなく靴箱を経由し、ボクは左、アイツは右に分かれるところで、アイツはやはり心配そうに言った。
「本当に、つらくなったら、保健室に行ってね……?」
 ああとボクはちょっとだけ呆気にとられた状態でうなずき、ボクらは左右に分かれた。

 と、いうのがその日から一週間続いたのである。一週間、ボクとアイツは並んで重役出勤を続け、さすがにそろそろ校門前の教師の目もつり上がってきた。
 そして一週間目だった昨日だ。
 つつがなく四限の体育の授業もサボり終え、ダラダラとした昼休みを楽しんでいたところに、いきなりアイツがボクのいる教室までやってきた。
「幹原クン!」
 大声で呼ばわるな恥ずかしい。反射的にボクは怒鳴りかけたが、グッとこらえる。
「……ああ、なんだよ……」
 けだるく応えると、アイツはズカズカと教室の中へ踏み込んできた。
「キミ、もうずっと調子が悪いのが続いてるよ! 今日こそ保健室に行って診てもらおう!」
 アイツはそう宣言、まさに宣言するとむんずとボクの腕を掴んでズカズカと歩き出した。不覚にも仰天したボクはそのまま引きずられていく。
 なんだなんだ、なんなんだ。
 ボクは抵抗もできないまま廊下を移動、アイツはガラッと勢いよく保健室のドアを開けた。しかし、ないことに中はカラだった。保険教諭がいない。
 アイツは焦ったようにキョロキョロしたが、いないものはいない。ボクはやっと一安心してまたダラッとした。
「ああ、お留守のよーだねぇ。こりゃ仕方がない」
 クルッとボクは回れ右しようとした。だがまたむんずとアイツに腕をつかまれた。
「先生すぐに戻るだろうし! ベッドに横になるだけでも!」
 そのままボクは強引に保健室へ連れ込まれ、ベッドに押し倒された。おいちょっと待て。
 ベッドに押し倒されって、ちょっと待て。
 ボク、軽くいやかなりパニック。
 そしてアイツはそんなボクを放って、ボクの靴を脱がせたり、ボクの靴をベッドの横に揃えたり、ボクに布団をかけたり。おいちょっと待て。
 ポンポン、とアイツは布団の上からボクの肩を叩いた。
「寝不足なのかもしれないから。眠ったら、体調も戻るかもしれない」
 体が硬直したままのボクを放って、アイツはベッド脇の椅子に腰掛けた。
「ね、おやすみ」
 アイツはにっこり笑った。待て、ちょっと待て、待て待て待てーっ!
「なにが『おやすみ』だよっ!!」
 ガバッとベッドの上に起きあがるボク。キョトンとしているアイツを前に、ボクはまくし立てた。
「てめ……こんな所に連れ込んでだなぁ! ベッドに押し……押し……何やってんだよてめえ! 何考えてやがる! ボクになんか恨みでもあんのか! 恨みつらみがあんなら直接言いやがれ! ああ?!」
 胸ぐらを掴まんばかりにアイツに向かって喚く。ボクの顔は真っ赤なんだろうと自分で分かった。
「う……恨みなんて……」
 アイツは驚いたように絶句していたが、やがてやっぱり顔を真っ赤にして怒鳴った。
「……恨みならあるよ!」
 今度はボクが驚いて絶句した。いや、思い当たることはあったりなかったり。しかしアイツはボクの予想とは全然違うことを言い出した。
「ボクはずっと、キミと話がしたくて! 毎日勇気を振り絞って話しかけてたのに! キミはいつもいつも……適当にしか応えてくれなくて! ボクはずっと悩んで、でもそんなところキミに見せたくなくて! 毎日一生懸命……それなのにキミは!」
 アイツは一つ大きく息を吸って、これ以上ないくらいの大声で怒鳴った。
「ボクはキミのことが、好きなんだ!!」
 時空が凍った。
 ……そして、凍っている空間に、コンコンとノックの音が響いた。開いたままのドアの位置に、美人で有名な我が校の保険教諭が立っていた。
「あー、君たち……失礼ながら、外に丸聞こえだったよー……」
 困ったような、けれど同時に必死に笑いをこらえる表情で、保険教諭は立っていた。
 ガタンッ! と激しい音を立ててアイツは立ち上がり、脱兎のようにその場から逃げていってしまった。ベッドの上のボクを取り残して。
 ボクのほうは完全に、思考と身体がフリーズし。そのまま、午後の授業を全部すべてボイコットした……。
 それから二十四時間のうちに、「当校きっての不良少女・幹原ユキに、当校きっての秀才少年・桂木タカシが告白した」という、デマでもなんでもない情報は、全校内を駆け巡っていた……。

 殺してやる殺してやる殺してやる。ボクは全身全霊で誓いの言葉を念じながら、今日、放課後の体育倉庫裏で待っている。
 襟元を直し、スカートの裾を直し、ケータイの自分撮りで前髪を直し。
 ジリジリとしながら、アイツを待っている。
 ケータイを見るふりをしながら校舎の方角をチラチラ見ていたら、チラリとアイツの姿が見えた。緊張した面もちで、覚悟を決めた足取りで、こちらに歩いてくる。ボクはパチンとケータイを閉じた。
 ボクとアイツは正面から向かい合った。
 さあ、決闘の開始だ。

〔了〕